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A MEMORY OF KAZUHIRO KAMATA
会津へのコミットメントを決意する
2020年6月10日、会津での仕事を決意した鎌田君からいただいたメイルを紹介します。
青柳先生
いつもありがとうございます!
なかなか、お返事できず大変申し訳ありませんでした!
お元気にされていますでしょうか?
実は、イタリアから帰ってこの2年、どこかで日本の地域医療をやりたいと真剣に思っていました。
日本とミャンマーを行き来する間、日本の滞在時の週末は、ほぼ喜多方の病院を一人で守っていました。
広がりつつある医療格差、その背景にある地域の過疎化。
ルワンダを含めれば、アジア、アフリカと2大陸の途上国を医療者としてみてきた中で、予想以上に、日本の地域格差を問題に感じていました。
その一方で、イタリアで学んだ、イタリア人の持つ地域愛は、なんていうんでしょう。特別な思いを、地域の可能性も感じさせてくれていました。
日本では、いくつかの医大で地域医療なる講座が出来始めています。
ですが、結局は、予算がついても、或いは一時的な良さそうな人が就任しても、当然それは長く続かず、継続性のある、質の高い地域医療を展開するためにどうすべきかと、悶々と考えていました。
そんな中、喜多方での自分の医療活動(何でも診まくっている変わったバイトの先生の評判)を、お隣の会津の先生方が耳にし、そこにいた山中克郎先生(よく徳田先生達と活動をされている先生で、攻める問診などが代表図書です)と繋がり、
日本らしからぬ、ワークスタイルを変える試みで地域医療を展開してみないかとの話になりました。
具体的には、月の半分だけ仕事、あとはフリー(つまり海外にも行けるし、都内で子育ても出来るようなスタイル)を目指そうと話をしていました。
その山中先生が、福島県、日本政府に働きかけ、福島県立医大のサテライト、会津医療センターに寄付講座が作られることが決まり、いま先ほど、鎌田は、そこ「奥会津在宅医療センター(仮称)」のセンターのボス、特任准教授になります。
業績や経歴から、特任教授というものにもなれるとのことで、変なノリで教授選にも出ちゃったのですがwww、「博士を持っていない」その1点で、最終的に准教授に決まりました。
ポジションなんてのは関係なくて、自分で如何に戦えるかというのが、自分のファイトスタイルです。
そこは変えず、引き続き、次の2年、3年は、会津を中心に発信していこうと思います。
(そう言った意味で、コロナはちょうど良かったかもしれませんw)
是非、帰国できた際には、ご家族で遊びにきて下さい。
昔からの宿場町で、温泉もあります!
先生がおっしゃっている、グローバル化のPeak。
僕もそう思います。
やっぱり、やりたい時に、Simpleな思考ながら実際にやってみて、本当に良かったと自分も感じています。
良く思いますが、人が何かを得る時は、受動であるだけでなく、能動でないといけないというか、こちら側の準備も大切で。
だからこそ、先生に言ってもらった本能に従って生きてみることが一番だと最近良く思います。
仮に数例であっても、ルワンダで先生と一緒に診た患者さんは一生の財産で、
今でも時折思い出します。
これからも忘れることはないでしょう。
そう言った意味で、去年、先生と学会でシンポジウムをできたことはとても嬉しかったです。
いつか、グローバル症例集、でも今まであった単に症例に医学的知識を記載したものだけでなく、
プラスそこでの学びなどを記した本を、先生と、一から作れれば、良いかもですね!
ミャンマーでの小児呼吸器感染症を新潟でまとめ中の
かまた より。
Kazuhiro Kamata, MD
Infectious Diseases Research Center of Niigata University, Yangon, Myanmar
翻訳は準備中です